カミサマ

僕はカミサマなんていないと思っている。
いや、正しくはいるのだが万能なカミサマはいない。

僕の人生の中で、幾度かのターニングポイントなるものがあった。
例えば、ボロボロになり実家へ帰ろうかな。。。と本気で思っていた時
そうはさせてくれなかった、人達がいた
心地よかったり、励まされたり、ボロカスに言われたり、
基本的に僕は、あまり他人の言葉を気にしないのであるが、
どうしても引っかかり続ける言葉があるのだ。
そういう時は、カミサマが彼、彼女の口を借りて言わしてるのだと
素直にそう思うことにしている。

僕は宗教心も無ければ、まぁ実家は浄土宗だが、

それとは違う次元で、こういったカミサマを信じている。

それから、僕は強運の持ち主だと思っている。
フラフラ生きてきた割りには、シャンと立っている。
いつもギリギリのところで持ちこたえているので
大抵の事は何とかなるだろうと、楽観的である。

いつしか自分は親父が貯金していた「人徳」を使って生きているのではないか?
と思うようになった。親父は多くの友人知人がいて、人の為に生きる人であった。
しかし、若くして亡くなり、その貯金を使わずして逝ってしまった。
僕は、自分の為に生きてきたが、友達も知人も慕ってくれる。
僕の人徳なるものがあるのであれば、とっくに尽きているはずである。
これは、親父からの「徳の遺産」なんだと自覚している。
なので、なるべく無駄使いにならないように、
自分自身努力しようと思っている。

養老天命反転地

草津にいた時ミズノがやってきて
「養老天命反転地行きましょう」というので
ワクワクしながら電車で向かった。
岐阜県養老町にある巨大な公園である。

詩人とアーティストの共作のここは、
歩いてると平衡感覚を失う様な作りになっている。
地面が壁に、壁が天井に。
遠いものが大きく、近いものが小さく。
暗闇の洞窟を抜けた先に見上げる日本。

うん。しかしカビ臭く、施設は古い。
昔は、それこそバブル前は観光地だったんだなぁと
思いたくなる様な、閑散とした公園。
そんな思いを胸に、走り回ってると(結構楽しんでいた)
警備員のおっちゃんに「ダメだよ!!そこ登って!」と怒られた。
スタンプラリーをして会員みたいなのになったら
何かと記念品が送られて来た。
・針が逆に回る腕時計(何時か全く分からない)
・写真立て(至って普通っぽいもの)
とても長閑ないい公園だった。