僕はカミサマなんていないと思っている。
いや、正しくはいるのだが万能なカミサマはいない。
僕の人生の中で、幾度かのターニングポイントなるものがあった。
例えば、ボロボロになり実家へ帰ろうかな。。。と本気で思っていた時
そうはさせてくれなかった、人達がいた
心地よかったり、励まされたり、ボロカスに言われたり、
基本的に僕は、あまり他人の言葉を気にしないのであるが、
どうしても引っかかり続ける言葉があるのだ。
そういう時は、カミサマが彼、彼女の口を借りて言わしてるのだと
素直にそう思うことにしている。
僕は宗教心も無ければ、まぁ実家は浄土宗だが、
それとは違う次元で、こういったカミサマを信じている。
それから、僕は強運の持ち主だと思っている。
フラフラ生きてきた割りには、シャンと立っている。
いつもギリギリのところで持ちこたえているので
大抵の事は何とかなるだろうと、楽観的である。
いつしか自分は親父が貯金していた「人徳」を使って生きているのではないか?
と思うようになった。親父は多くの友人知人がいて、人の為に生きる人であった。
しかし、若くして亡くなり、その貯金を使わずして逝ってしまった。
僕は、自分の為に生きてきたが、友達も知人も慕ってくれる。
僕の人徳なるものがあるのであれば、とっくに尽きているはずである。
これは、親父からの「徳の遺産」なんだと自覚している。
なので、なるべく無駄使いにならないように、
自分自身努力しようと思っている。

