今ここで陽は沈み世界中はオレンジ色に包まれ 光が終わり
闇を受け入れ体に残る疲労感を少しずつ風に流しながら
俺は今 ここに立っている
ココで終わる光の世界今から始まろうとする裏側の国へ
始まりの場所迄歩いて人は地球が丸い事を知る
始まりの場所迄歩いて人はソレが一つである事を知る
俺は一人で歩いてるんじゃないんだ
俺は一人で歩いてるんじゃないんだ
全ての束縛から解放され 全ての規則を捨て去り
自分という存在との対話を試みる
記憶に中で笑うあの子の笑顔を思い出して煙草に火を付ける
ふいに不安や焦燥が マシンガンのように降り掛かる
幸せに満ちあふれた 腐れた現在進行形都市の
そんな所に何がある? そんな所に何がある?
寂しさなめあってるだけの関係をあなたはいつまで続けるの
簡略化された暗号的単純作業に 頼ってるだけ
常に取り巻く 他人の無責任な優しさの救済を
全てが無くなって欲しいと思うのと同じくらい
全てを大切に思う
人生なんて一度きり 反省するけど後悔だけはしたくない
納得いくまで考えたい 悩んでる暇があったら羽ばたきたい
全てを振払って 無になる感覚
全てを振払って 透明になる感覚
欲望と狂気から 天国が創造される
雲が溶け出すように 生まれ出す
1+1が2になると教えられた時から俺は1+1が2になると
思い込んでいた 世の中の都合に合わせて生きるすべを覚えた
世の中を数字になんか表せっこない
そんな古臭いロックンローラーの歌を ゴミ箱の中から拾う君
携帯電話で見えなくなった己の存在 自分自身
他人の所有物になりかけている現状
嘘や裏切りや憎しみなんてもういらない
そんな事思いながら寒々とした都会の ビルの隙間からサムゾラへ
煙を吐き出す
日々の暮らしは時として システムや予定によって動かされ
何も考えないでも 日は昇り 沈んでいくのである
人の手によって造られた世界で また 俺は一人たたずんでいる
夕日に影を落とす人の動きに また 一つ決意をたてる
オレンジに照らされ 温度を徐々に失っていくアスファルトに
影がのびる
「また明日」と手を振る君がだんだん遠ざかる
君の姿が かすんでいく 記憶の断片の裏側へ
俺の意識と無意識が互いにからみ合い交差した時
突然 冷たい風が俺の中を吹き抜ける
眠りの瞬間 そうそれは光の開放の果て
眠りの瞬間 そうそれは全ての存在を認めるまで
夕焼けの詩 誰の胸の中にも流れてる このメロディー
夕焼けの詩 誰の胸の中にも流れてる このメロディー
カミサマ
僕はカミサマなんていないと思っている。
いや、正しくはいるのだが万能なカミサマはいない。
僕の人生の中で、幾度かのターニングポイントなるものがあった。
例えば、ボロボロになり実家へ帰ろうかな。。。と本気で思っていた時
そうはさせてくれなかった、人達がいた
心地よかったり、励まされたり、ボロカスに言われたり、
基本的に僕は、あまり他人の言葉を気にしないのであるが、
どうしても引っかかり続ける言葉があるのだ。
そういう時は、カミサマが彼、彼女の口を借りて言わしてるのだと
素直にそう思うことにしている。
僕は宗教心も無ければ、まぁ実家は浄土宗だが、
それとは違う次元で、こういったカミサマを信じている。
それから、僕は強運の持ち主だと思っている。
フラフラ生きてきた割りには、シャンと立っている。
いつもギリギリのところで持ちこたえているので
大抵の事は何とかなるだろうと、楽観的である。
いつしか自分は親父が貯金していた「人徳」を使って生きているのではないか?
と思うようになった。親父は多くの友人知人がいて、人の為に生きる人であった。
しかし、若くして亡くなり、その貯金を使わずして逝ってしまった。
僕は、自分の為に生きてきたが、友達も知人も慕ってくれる。
僕の人徳なるものがあるのであれば、とっくに尽きているはずである。
これは、親父からの「徳の遺産」なんだと自覚している。
なので、なるべく無駄使いにならないように、
自分自身努力しようと思っている。
いや、正しくはいるのだが万能なカミサマはいない。
僕の人生の中で、幾度かのターニングポイントなるものがあった。
例えば、ボロボロになり実家へ帰ろうかな。。。と本気で思っていた時
そうはさせてくれなかった、人達がいた
心地よかったり、励まされたり、ボロカスに言われたり、
基本的に僕は、あまり他人の言葉を気にしないのであるが、
どうしても引っかかり続ける言葉があるのだ。
そういう時は、カミサマが彼、彼女の口を借りて言わしてるのだと
素直にそう思うことにしている。
僕は宗教心も無ければ、まぁ実家は浄土宗だが、
それとは違う次元で、こういったカミサマを信じている。
それから、僕は強運の持ち主だと思っている。
フラフラ生きてきた割りには、シャンと立っている。
いつもギリギリのところで持ちこたえているので
大抵の事は何とかなるだろうと、楽観的である。
いつしか自分は親父が貯金していた「人徳」を使って生きているのではないか?
と思うようになった。親父は多くの友人知人がいて、人の為に生きる人であった。
しかし、若くして亡くなり、その貯金を使わずして逝ってしまった。
僕は、自分の為に生きてきたが、友達も知人も慕ってくれる。
僕の人徳なるものがあるのであれば、とっくに尽きているはずである。
これは、親父からの「徳の遺産」なんだと自覚している。
なので、なるべく無駄使いにならないように、
自分自身努力しようと思っている。
養老天命反転地
草津にいた時ミズノがやってきて
「養老天命反転地行きましょう」というので
ワクワクしながら電車で向かった。
岐阜県養老町にある巨大な公園である。
詩人とアーティストの共作のここは、
歩いてると平衡感覚を失う様な作りになっている。
地面が壁に、壁が天井に。
遠いものが大きく、近いものが小さく。
暗闇の洞窟を抜けた先に見上げる日本。
うん。しかしカビ臭く、施設は古い。
昔は、それこそバブル前は観光地だったんだなぁと
思いたくなる様な、閑散とした公園。
そんな思いを胸に、走り回ってると(結構楽しんでいた)
警備員のおっちゃんに「ダメだよ!!そこ登って!」と怒られた。
スタンプラリーをして会員みたいなのになったら
何かと記念品が送られて来た。
・針が逆に回る腕時計(何時か全く分からない)
・写真立て(至って普通っぽいもの)
とても長閑ないい公園だった。
「養老天命反転地行きましょう」というので
ワクワクしながら電車で向かった。
岐阜県養老町にある巨大な公園である。
詩人とアーティストの共作のここは、
歩いてると平衡感覚を失う様な作りになっている。
地面が壁に、壁が天井に。
遠いものが大きく、近いものが小さく。
暗闇の洞窟を抜けた先に見上げる日本。
うん。しかしカビ臭く、施設は古い。
昔は、それこそバブル前は観光地だったんだなぁと
思いたくなる様な、閑散とした公園。
そんな思いを胸に、走り回ってると(結構楽しんでいた)
警備員のおっちゃんに「ダメだよ!!そこ登って!」と怒られた。
スタンプラリーをして会員みたいなのになったら
何かと記念品が送られて来た。
・針が逆に回る腕時計(何時か全く分からない)
・写真立て(至って普通っぽいもの)
とても長閑ないい公園だった。
絵を描き出した
幼稚園の時、近所のスーパーで「母の日の絵コンテスト」なるものがあった。
まあ、僕はもともと絵を描く事が好きであり
毎朝新聞受けから新聞を持って来ては、
チラシの裏の無地の面に絵を描くのを日課としていた。
そしてそのコンテストに出して、スーパーの壁に飾られた。
輝かしい金賞の札が貼られていた。
幼稚園の大好きな先生が、それを褒めてくれた。
それ以後、絵の教室に行きたいと懇願し通うようになった。
そこから描いてる気がする。
もちろん父親や、姉の影響もあるだろうが、
先生に褒められた事がとても嬉しかったのだろう。
僕は筆まめなので未だに、
この幼稚園に先生に、年賀状を毎年送っている。
もうきっとおばあちゃんなんだろうけど
きっと僕の顔も覚えていないであろうけど
『タケシくんは絵がとても上手でしたね、ご活躍をお祈りします。』
そういつも返事をいただいている。
まあ、僕はもともと絵を描く事が好きであり
毎朝新聞受けから新聞を持って来ては、
チラシの裏の無地の面に絵を描くのを日課としていた。
そしてそのコンテストに出して、スーパーの壁に飾られた。
輝かしい金賞の札が貼られていた。
幼稚園の大好きな先生が、それを褒めてくれた。
それ以後、絵の教室に行きたいと懇願し通うようになった。
そこから描いてる気がする。
もちろん父親や、姉の影響もあるだろうが、
先生に褒められた事がとても嬉しかったのだろう。
僕は筆まめなので未だに、
この幼稚園に先生に、年賀状を毎年送っている。
もうきっとおばあちゃんなんだろうけど
きっと僕の顔も覚えていないであろうけど
『タケシくんは絵がとても上手でしたね、ご活躍をお祈りします。』
そういつも返事をいただいている。
じいちゃん
じいちゃんは、真面目を地でいく人だ。
頑固で全く、テコでも動かない。
お酒は少々、タバコもギャンブルもやらない
好奇心は旺盛で、自分が可愛いキャラだと言うことを自覚している。
戦後ばあちゃんと結婚して、農業、傘屋、そして竹刀職人。
僕のイメージは頑固な竹刀職人。夏休み九州に里帰りしたときは
蒸し暑い工場で黙々と竹刀を作っていた。ラジオから高校野球が流れ
僕はその横で、工作をしていたと思う。
じいちゃんは娘が三人(オカンは長女)なので、息子はおらず
初の男の子である僕に対して、どう接していいか分からないような
そんな空気感があった。不器用だが、竹刀の材料の切れ端を削り竹とんぼを
作ってくれた。
現在も健在で、趣味の水墨画を毎日描いている。
ほんと十年以上ずっと毎日。
朝早起きして、散歩に行き。新聞を一通り読み
ご飯を食べて、アトリエで水墨画を描き、昼ご飯を食べ、
水墨画を描き、三時のおやつを食べ、水墨画を描き
晩飯を食べ、風呂に入り九時には床に着く。
このサイクルを十年以上繰り返している。
そして毎日、日記を書いている。これは数十年という長い間。
僕は、実家にいるときはなるべくじいちゃんと風呂に
入る様にしている。背中を流しながら、昔話を聞いてあげる。
息子がいないじいちゃんが、少しでも冥土の土産が出来るならと思い。
『俺がちゃんと後継ぐからさ、心おきなく逝けるでじいちゃん』
じいちゃんはニコニコ笑った。
頑固で全く、テコでも動かない。
お酒は少々、タバコもギャンブルもやらない
好奇心は旺盛で、自分が可愛いキャラだと言うことを自覚している。
戦後ばあちゃんと結婚して、農業、傘屋、そして竹刀職人。
僕のイメージは頑固な竹刀職人。夏休み九州に里帰りしたときは
蒸し暑い工場で黙々と竹刀を作っていた。ラジオから高校野球が流れ
僕はその横で、工作をしていたと思う。
じいちゃんは娘が三人(オカンは長女)なので、息子はおらず
初の男の子である僕に対して、どう接していいか分からないような
そんな空気感があった。不器用だが、竹刀の材料の切れ端を削り竹とんぼを
作ってくれた。
現在も健在で、趣味の水墨画を毎日描いている。
ほんと十年以上ずっと毎日。
朝早起きして、散歩に行き。新聞を一通り読み
ご飯を食べて、アトリエで水墨画を描き、昼ご飯を食べ、
水墨画を描き、三時のおやつを食べ、水墨画を描き
晩飯を食べ、風呂に入り九時には床に着く。
このサイクルを十年以上繰り返している。
そして毎日、日記を書いている。これは数十年という長い間。
僕は、実家にいるときはなるべくじいちゃんと風呂に
入る様にしている。背中を流しながら、昔話を聞いてあげる。
息子がいないじいちゃんが、少しでも冥土の土産が出来るならと思い。
『俺がちゃんと後継ぐからさ、心おきなく逝けるでじいちゃん』
じいちゃんはニコニコ笑った。
アトリエをつくる
カフェバーポコペンを出た僕は、
ミズノと二階建ての一軒家を借りた。
場所は大阪城にほど近く、中心部までは
自転車で二十分ぐらいの場所。玉造。
特別思い入れのある訳ではないが、
たまたまこの場所であった。
この場所が後に思い出の町となる。
(といっても建物は現在無いが)
僕らの家は、長屋の端ショートケーキのような
形をしていた。とにかく古く現状、住めるような
場所ではなかった。しかし改造していいという条件だったので、
喜んでここに決めた。
僕は深夜のコンビニでアルバイトをして、
昼間は家の改装をしていた。電気のこぎりや電動ドリルを
持っていたので、以前ギャラリーを改装したように、
図面を描き、ホームセンターからコンパネやペンキを
仕入れて来て大工さながら動いた。
ミズノは写真の学校の先生をしていたので、
働きながら、休みの日に手伝ってくれた。
たまにN嶋が手伝いに来てくれて、大変助かった。
床は全面、真っ黒で一階の壁は銀色。カウンターも作った。
二階は白壁で、柱や梁を黒くした。
コンセプトは外国人が見た、間違えた日本。
銀色の壁に菩薩を描く予定だったが、そのままの方が
何かと使えるとうい事で、流れた。
そして、ここがスタジオサムゾラである。
ミズノと二階建ての一軒家を借りた。
場所は大阪城にほど近く、中心部までは
自転車で二十分ぐらいの場所。玉造。
特別思い入れのある訳ではないが、
たまたまこの場所であった。
この場所が後に思い出の町となる。
(といっても建物は現在無いが)
僕らの家は、長屋の端ショートケーキのような
形をしていた。とにかく古く現状、住めるような
場所ではなかった。しかし改造していいという条件だったので、
喜んでここに決めた。
僕は深夜のコンビニでアルバイトをして、
昼間は家の改装をしていた。電気のこぎりや電動ドリルを
持っていたので、以前ギャラリーを改装したように、
図面を描き、ホームセンターからコンパネやペンキを
仕入れて来て大工さながら動いた。
ミズノは写真の学校の先生をしていたので、
働きながら、休みの日に手伝ってくれた。
たまにN嶋が手伝いに来てくれて、大変助かった。
床は全面、真っ黒で一階の壁は銀色。カウンターも作った。
二階は白壁で、柱や梁を黒くした。
コンセプトは外国人が見た、間違えた日本。
銀色の壁に菩薩を描く予定だったが、そのままの方が
何かと使えるとうい事で、流れた。
そして、ここがスタジオサムゾラである。
寮のベランダ
日曜日の昼下がり。緑に囲まれた学園の寮のベランダで
僕は、干した布団にまたがって、ハーモニカを吹いていた。
雲が浮いた青々とした空。
外でボールを蹴る子や、キャッチボールをする子
時折、ガーとアスファルトを削りスケボーが走る音
のどかな休日。ハーモニカを買ったのは
ザブルーハーツを崇拝していたから。青春真っ直中の少年には
直球のパンクロックしか耳に入ってこない。
大部屋から、ベランダに向けたCDデッキからはやはり
「青空」が爆音で流れていた。
ベランダの15センチ程の柵のうえにゴロゴロと転がる僕は
青春を持て余すでも無く、さわやかな風の抜けるその場所で
未来について考えたりしていた。
僕は、干した布団にまたがって、ハーモニカを吹いていた。
雲が浮いた青々とした空。
外でボールを蹴る子や、キャッチボールをする子
時折、ガーとアスファルトを削りスケボーが走る音
のどかな休日。ハーモニカを買ったのは
ザブルーハーツを崇拝していたから。青春真っ直中の少年には
直球のパンクロックしか耳に入ってこない。
大部屋から、ベランダに向けたCDデッキからはやはり
「青空」が爆音で流れていた。
ベランダの15センチ程の柵のうえにゴロゴロと転がる僕は
青春を持て余すでも無く、さわやかな風の抜けるその場所で
未来について考えたりしていた。
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