ハネムーン 19 パリ

霧雨の中、ラ・ロトンドへ向かう。

【モンパルナスのカフェ】
モンパルナスのカフェやバーは芸術家たちがアトリエの暑さや寒さをしのぐ場所であると同時に待ち合わせ場所・溜まり場であり、アイデアが孵化し熟考される場所だった。モンパルナスのナイトライフの中心であるカフェはヴァヴァン交差点(Carrefour Vavin、今はパブロ・ピカソ広場と改名されている)に集まっていた。モンパルナスの絶頂期、ル・ドーム(Le Dôme)ラ・クロズリ・デ・リラ(La Closerie des Lilas)ル・セレクト(Le Select)ラ・ロトンド(La Rotonde)ラ・クーポール(La Coupole)など、観光名所となった今もなお営業して当時の面影を残しているこれらのカフェは、腹をすかせた芸術家が数サンチームで一晩テーブルに居座ることのできる店だった。彼らがここで寝てしまっても、ウェイターたちは彼らを起こさないようにと言われていた。半ば知力で、半ばアルコールの力で激論が起こることは普通で、殴り合いの喧嘩に発展しても警察をわざわざ呼ぶ人はいなかった。もし飲み代を払えなくても、ラ・ロトンドの経営者ヴィクトル・リビオン(Victor Libion)などは代わりにドローイング(素描)などを受け取り、金ができるまでそれを預かっていた。カフェの壁がこうした画家たちのドローイングで埋まるという、今なら世界の名だたる美術館のキュレーターたちが嫉妬する光景がこの時期のモンパルナスのカフェにはあった。
(wikiより引用)

ピカソを始め、シャガール、マンセルデュシャン、ダリ、藤田嗣治、岡本太郎、数々の著名な画家が夜な夜な芸術談義に花を咲かせた場所である。ラ・ロトンドはモリディアーニの作品が壁に掛かっている。とても特別で、神聖な場所に思える、お客は観光客も居るが、地元の人がほとんどで、お酒を飲み語るのが好きなパリっ子たちが、こういったカフェの文化を作ってきたんだなあと実感した。僕はステーキとデザートを頂き。ミッチはお腹がいっぱいとのことで、オニオンスープにしたが結構これも量が多い。スタッフが「ボナペティー」と差し出す。すかさず『メルシー』と答える。完璧である。パンは山ほど来るし、山盛りのポテトと大きいステーキがやってきて、ほろ酔いで頂く最高の料理だった。薄暗くて、しかしキラびやかで品がある。そんな印象だった。デザートのミルフィーユと、Tさんに教わった温かいカフェオレを注文して二日目にしてパリの夜を満喫した。

大満足になり、調子に乗った僕はタバコ屋で葉巻を買ってみて吸ってみる事にした。部屋では禁煙なので、ホテルの前で凍えながら葉巻をくわえるが、煙たいし不味い。少しはパリも楽しめそうかなと、寒空へ上る煙を眺めていた。

ハネムーン 18 パリ

ホテルに帰り荷物を置いて、Tさんのアンティークショップに向かった、が場所を聞いていなかったので、散策しながら歩いた、結局見つからず諦めてご飯どうしよっか?なんて話しながらいると、建物の中に映画館のような場所が見えて、職業柄チラシやパンフレットなどのデザイン印刷物を収集する僕としては、パリの映画館→パリのチラシパンフレット→しかも小規模→よりコアなデザイン。日本でも意外と、アンダーグラウンドの小さな店屋クラブのDMの方が自由に作っている、まあ猥雑というのが近いが。で『ミッチ、ちょっと待ってて、チラシ取ってくる』と言った時には建物に入っていた。毎度の事で、理解ある妻はハイハイと見送る。DMを物色していたら、あれこの建物まだ奥にも続いていて、商店もある、面白そうだとミッチを迎えにいく『中まで行ってみよう!!』と二人で入っていった。アジア系の店やクリーニングや喫茶店が並ぶ。!!!!????!!!!!!!!!!??????Tさんだ!「あら。こんにちは!」『こんにちは!』引きが強いこの旅だ。自分が怖くなる。たまたま入った建物の中に、Tさんのアンティークショップがあったのだ、蚤の市で掘り出し物を探し、流石の目利きで日本であるようなアンティーク風ではなく、本当に一世紀前のガラスの写真立てやカップが並んでおりヒャー素敵と驚嘆の声を上げ、見たいけど、あまり時間がもうない、今日の出来事を報告して、閉店間際であったので、また来ます明日花屋にも行きますといい。夜ご飯は何処がいいですかねーと尋ねて、ラ・ロトンドとかいいんじゃなーい。注文の仕方も教えてもらったし、例えばメインだけ食べてもいいし、前菜だけでも全然恥ずかしい事じゃない事を知った。フランス料理はコースが主流だと思っていた僕らには心強い情報だ。そして、昨晩失敗した温かいカフェオレの頼み方もフランス語でノートに書いてくれた。こちらは、コーヒーに冷たいミルクを入れてくるので、ぬるいものがやってくる。寒い夜にぬるいカフェラテなど、拷問以外のなんであろうか。
「カフェ オ レ アヴェック レ ショー シルヴプレ」と頼めばバッチリなのだ。
あと、『いただきますってどういったらいいんですか?店員さんに感謝の気持ちで言いたいけど分からないんですよ』といったら、「そうねーフランスは、いただきますって言わないの、だけど店員さんがボナペティーていうから、メルシーで答えるといいわよ。ボナペティーは召し上がれーとかどうぞーいってらっしゃいとか色んな時に使うから」と教わった。成る程、所変われば習慣も変わる。

ハネムーン 17 パリ

程なく、凱旋門が見えてきた、といってもだいぶ歩いた、エッフェル塔から30分は歩いたであろうか、凱旋門のちょうどサイド側に到着した。凱旋門はでかい石の門だった。そして、そのまわりを猛スピードで車がぐるぐる回っている、想像と反して騒音がビュンビュンと聞こえ危険であった。半時計回りにまわり、記念撮影をする、ここか「オ〜〜シャンゼリゼ〜〜オ〜〜シャンゼリゼ〜〜」と歌いながら、シャンゼリゼを歩く。不審がる人々は気にせず、だってシャンゼリゼ〜だもん。と訳の分からない言い訳をしてシャンブラ完了。歩いていると、あれここは表参道ではないのかと思えてくる。少し外国人の多い表参道。。いやいや、かの有名なシャンゼリーゼだ。。いやまてよ、表参道っぽいしな〜もしかしたら表参道かもしれん、とミッチと話しながらブラブラして、マクドに入る。パリのマクドはどんなものかと見てみたかったのもあるが、やはりパリ用のメニューで見た事の無いものがあって食べてみたが、美味しかった。オレンジジュースとポテトは万国共通なのね。シャンゼリゼ沿いのモノプリに行く。モノプリとは食品から衣類まである大きくてメジャーなスーパーマーケットのチェーン店なのだ。スーパーマーケットの良さは、価格が庶民的で、生活してるかのような錯覚になる。しかしモノプリはメジャーなので、しかも表参ど、、、いやシャンゼリゼという好立地の為、日本人が多く恐らく服飾系専門学校の海外研修旅行の集団がかわいいいぃぃぃぃと連呼しながらアホの様に買い占めているので、恥ずかしいのでやめてもらいたかった。モノプリの店内を一通りパトロールし終えた僕は、ミッチの買い物を待ち外へ出た。
さてさて帰ろうかな〜花屋のTさんがモンパルナスで開いているアンティークショップも見てみたいし、フランクリン・デ・ルーズヴェルトゥ駅(スゴイ名前だな)からシャトレ駅で乗り換え、今朝見たラスパイユ駅へ帰ってきた。シャトレ駅構内ではストリートオーケストラがいたりと、フランスならではの風景だった。

ハネムーン 16 パリ

エドガーキネでTiket t+のカルネ(10枚回数券)を購入する。券売機は、やはり難易度が高いので例の如く駅員にノートに書いて「これください」という。面倒くさそうにカードを切り、レシーをポンっと投げられサインを書く。何だこの対応は!と腹は立てない。こういうものなのだ。もっと流暢に〜シルブプレ〜と話せれば対応も変わってくるであろうが。。。とにかく切符さえ買えればこっちのものだ。パリのメトロ初体験で二人で乗り込んだ。ここは6号線、パリのメトロは数字が路線の名前になっており分かり易い。ムッシュの忠告通り。カメラは鞄に、鞄は前に抱え列車に揺られる、チラチラ見てくるが、意外と安全そうである。エッフェル塔はどの駅で降りたらいいのだろうかと考えていたら、子供会の集団が乗り込んでくる、ガヤガヤ賑やかになりメトロは地上に出てモノレールの様に高架上を走る。霧の中エッフェル塔が見えてきた。子供会はビルアケム駅で降りようとしていた。もう一つ先のパッシーで降りるつもりだったが、多分この子等はエッフェル塔へ向かうと思った僕は、『一緒に降りよう』とミッチにいう。外に飛び出し、改めて寒いと感じた、子供会の脇を階段を下っていたら保護者がハーイみんな人が通るから右に寄りなさーいと子供達を誘導し、間違えてミッチにもこっちに寄ってと言い、ハッと気づきごめんなさいと謝られた。しかし、結果ここで降りて正解であった。ここからエッフェル塔までは数分の最寄りだったのだ。あいにく、曇っていて霧がかり天辺までは見れないが、これがエッフェル塔かという存在感でそこに佇んでいた。ドッシリとしていて、むき出しの鉄骨が寒々しさを倍増させた、東京タワーのようなシャープさは無く、まさに鉄の塊であった。
エッフェル塔の前では、観光客が記念撮影に勤しんでおり、とても賑やかであった。そこにジプシーの子供が署名をしてくれと回ってくる。さらに黒人が大きな鉄の輪っかに小さなエッフェル塔をジャラジャラつけて1€と言ったり、こんにちはと言ったり近づいてくる。ここは、NOとはっきり言って断る。道を歩くと次々に売りにくるので「いらん、いらん」ともはや日本語で対応する。この御蔭で、ゆっくり観光する事が出来ない、しかし彼らも必死なのでしょうがないのである。ここから、イエナ橋を渡り、セーヌ川を眺めるあいにくの天気であるが、まあ曇り、雨のパリってのも情緒があって悪くないか。
トロカデロ庭園を抜ける時も、黒人が次々ジャラジャラいわして近づく、それをかわしながら突き進む、もはやこういうゲームのようだった。ジャラジャラ→イラン→ジャラジャラ→イラン→ジャラジャラ→イラン→ジャラジャラ→イラン→ジャラジャラ→イラン→ジャラジャラ→イラン→ジャラジャラ→イラン→ジャラジャラ→イラン。なんとかクリアーしてシャイヨ宮の広場に辿り着いた。ここも撮影ポイントらしく、エッフェル塔がよく見える。ここから、クレベール大通りを歩き凱旋門を目指す。
街並はどこを歩いても、さほど変わりなく、ゴテゴテとしてデコラティブだ。そしてこんな、歴史ある建物一つ一つがアパートでありホテルなのだ。石造りの建物は、そんな良さがあるのだとヨーロッパで何度も思った。

ハネムーン 15 パリ

モンパルナスの朝は曇りで少し小雨がパラついていた。排気口から白い湯気が立ち上る少し寒い朝だった。僕は、早起きなので一人先に起きて身支度をしたら、カメラを持って散歩に出掛けた。紅葉して散る並木道が何処でもあり、その数がここの自然の多さを物語る。僕は風景を撮りながら歩き、しかしまだ脇道に入る事は臆病で、ただひたすら真っ直ぐ道を歩いていった。そういえば二十歳で免許をとり初めて一人で運転して出掛けた時、1時間運転して帰ってきた事を思い出す。駐車するのが怖くてずっと、走りっぱなしだったなあぁなんて淡いキオクだった。カフェでモーニングをする人々、通勤なのか自転車で駆け抜ける人。程なく地下鉄の入口まで辿り着いた。(後にラスパイユと分かる)そろそろ部屋に戻りミッチの支度を待って0階へ行く。
外国の地上は0階で、日本でいうところの2階は1階なのだ。スペインでも同じで、お店やホテルで間違えて1階で降りて『?!』となる事があった。そしてこのホテルのエレベーターは少し変わっていて小さい。まずボタンを押すとエレベーターが迎えにくる、外扉は曇りガラスで来たのが分かり、蛇腹の内扉が自動で開く。重たい外扉を手動で開き乗り込む。しかし今何階なのかの表示は無い。着いたら同じく自動で内扉が開き、手動で外扉を開き外へ出る。しかも、これがすこぶる狭い。おそらく、後で無理矢理設置したのだろう、二人も乗れば満杯である。今朝はホテルで朝食をとる事にした。一人9€でパン、コーヒーor紅茶、オレンジジュースがでる。パンやジャムは何種類かある、これで9€は高いが雰囲気ものなのでまあ美味しく頂き満腹。
準備をして、いよいよパリを散策。ブラブラ、シャンブラしに出掛ける。


まず、昨晩スーパーマーケットで出逢ったおじさんの花屋に向かった。
通りを歩いていると突如、花や緑が溢れ出している場所があり、そこがおじさんの店であった。おじさん、いやムッシュフランソワ。お店に入るとムッシュがおーよく来たフォフォフォと話しだす。昨日の女性Tさんもおられた。日本人の女の子が何人か働いてるようだった。そして、ムッシュが凄い人だという事を、ここで知った。何やらゴソゴソと日本の花関連の雑誌(しかも現在発売中のものに)このおじさんの特集が組まれているではないか。そうなにを隠そう彼は、フランスが誇る花界の重鎮、フローリストのジョルジュ・フランソワ氏http://georgesfrancois.com/であった。そして、Tさんと共同経営で花屋と、近所にアンティークショップをやられていた。


『凄ーい!!』と驚くと、フォフォフォとミッチのほっぺたをポンポンしていた。何か言ってはTさんに訳してくれ!といいTさんは、仕事をしながら僕らの相手もしてくれたり、調べてくれたり本当に素敵な女性であった。その間も、ムッシュはフォフォフォを笑っていた。今日は、エッフェル塔を見に行く予定というとTさんは「いいねーパリは小さいから、歩いてすぐ何処へでも行けちゃうからさー是非シャンブラ(シャンゼリゼ通りをブラブラ歩く事)してきたらいいですよぉ」ムッシュがカメラは鞄にしっかり入れて行きなさい!昔のパリは本当に良かった、多くの移民が入ってきてとても治安も悪くなったペラペラペーラペラペラ、君達にいい思い出を残して欲しいからペラペーラ、気をつけなさい!カメラは鞄!カメラを持って歩いてると悪いやつはNikonが来たと思うからペラペーラペラペーラ。と注意してくれた。僕らは『はい!』と生徒のようにムッシュに答えた。しかしムッシュは小柄で、とても可愛らしく見える。逆にムッシュは僕らの事をカワイイ(特にミッチを)カワイイと来る人来る人に紹介する。Tさんに、地下鉄の1号線は一番キレイなこと、北駅付近には近づかない方がいい事、スリやひったくりには気をつける事、そして何よりもパリを楽しんでいってらっしゃいと送り出してもらい、地下鉄エドガーキネ駅に行く。花屋からは目と鼻の先である。

ハネムーン 14 パリ

モンパルナス駅のバス停に着いたのは、夜の手前だった。さあさあ、駅からホテルまでは歩いていけそうだと事前に調べていたので、スーツケースをゴロゴロ押しながら向かった。しかし辺りはすっかり暗く、あいにくの小雨で、冬の空気。タクシーを拾えばいいのだが、歩いた方が街が分かって楽しいと二人で行ったり来たり。なんせ石畳の道はガタゴト押しにくかった。オープンカフェが多く、屋根はあるものの外で食事している人が多い。歩きタバコも多い、ポイ捨ても。なんとか、かんとかでホテルに到着。ここは、ミッチが日本でネット予約したところで、ちゃんととれてるか不安だったが、すんなりとチェックインできた。パリのホテルは、どこも大体狭く、水圧も弱いらしい。しかしこのホテルは、バルセロナの部屋と比べて狭かったが、南仏の田舎のようななんだか落ち着く。バルセロナのギラギラした匂いと真逆のナチュラルな柔らかいリネンの匂いがした。
フロントの紳士もとても優しく、こちらが何を言おうとしているのかかなり、向き合って話してくれた。

僕らは、すぐに外へ出た。食事をしに夜のモンパルナスへ飛び出した。
食事の前に、先程ホテルまでの道中に発見したスーパーマーケットで水を買うことにした。海外のホテルで一番いるのは水だと、バルセロナでの教訓である。水を確保する事が、何より最優先なのだ。で、レジに並んで順番を待っていた。別のレジには、フランス人のおじさんと、日本人の女性っぽかった。水を買う際、カードを出した1€もしないものであったが、カードは使えた。先程のおじさんと女性がジッとこちらの動向を伺っていた。おじさんはニコニコしていた。ミッチが笑顔でずっと見ているからである。そしてレジを抜け出口付近でとまっていた。僕らは「こんばんは、日本の方ですか?」と声をかけると、「こんばんは」と女性が答えた。「水をカードで買う人なんて初めて見たから、カードダメって言われやしないかって、ドキドキしながら見てたのよ!小銭無いのなら、私が出してあげようかって思ったのよ。」と言い。おじさんはフォフォフォと笑って「ペラペラペーラペラペラペーラ」とどうやらフランス語しか話せないらしい。こちらは全く理解出来ないが、やめるどころか勢いを増して話している。女性がそれを訳す。この二人は夫婦ではないと言っていた、が僕らから見たら夫婦にしか見えなかった。ただ、ちょっと年の離れた夫婦。僕らは新婚旅行で今日パリにやってきたと言うと、フォフォフォ!と驚いて握手してくれた。ミッチはほっぺをポンポン、頭をポンポン撫でられていた。おじさんにとってミッチは子供の様に見えるようだ。女性が「おじさんが私は近くで花屋やっているから明日遊びにきなさい!だって、私もお店には居るから、朝は9時から開いてるから困った事があったら、無くても立ち寄ってください。」と大変心強い言葉を頂いた。いやーいきなり、いい人々に出会ってしまったー引きが強いなーこの旅は。。。僕らは二人で出掛けるとかなりの確率でラッキーな事に遭遇する。不安な気持ちが、一気に吹き飛んで、パリを楽しめそうな予感がした。
二人と別れ、近くのchez clémentというおそらくチェーン店でムニュを頼む。フランスはムニュというセットメニューが多く、前菜、メイン、デザートからそれぞれ一品選んで注文するスタイルだ。前菜を無くしてもいいし、メインだけでもオッケーなのだ。プラス飲み物を頼めば完璧だ。フランスパンは無料で大量に出てきて、おかわりも出来る。ただし、水が出てこない、ミネラルウォーター(有料)か水道水(無料)を注文するしかない。しかしレストランで手を挙げて「水道水くださーい!」なんて恥ずかしいではないか。後で分かったのだが、けっこう皆、水道水頼んでる。まだ、初心者なのでビールとミネラルウォーターを頼んだ。僕は鳥で、ミッチは魚にした。ベーコンと白菜の芯の苦いサラダをバリバリ食べたら鳥がキタwwwwwwおおおおっっw美味しかった。マッシュポテトもり過ぎだろう。隣のおじさんは黙々とビールをステーキとパンをひたすら食べていた。


食事を終えて、ホテルに帰った。フランスはスペインよりジロジロ見られているような気になる。クスクス笑ってる人もいた、なんか感じ悪ーい。「大体そういう人は、自分が差別されている人か、貧しい人。常識人は、けして日本人に対して差別視しないむしろ経済大国として讃えてくれる」とミズノが言っていた。ははーん、つまりはそういう事なのね。いやしかし、ほんとこのホテルはいいスタッフだ。優しい、フランス語特有の鼻から抜ける話し方で、話していると眠たくなってくるのだ。田舎のにおいに包まれて、眠りに落ちた。
ホテルのロビー。
アンティーク小物やドライフラワーが飾られ、木を基調とした温かい室内

ハネムーン 13 バルセロナ〜パリ

あっという間のスペインだったが、実際に体験して色々と勉強になった。スペイン語も少しは慣れて何を言っているか多少は理解出来るようになったが、やはり訪れる国の言葉を学んでいく事が大切だという事を実感した。それは、礼儀と言うか、旅する側の責任だと思った。ツアーであれば何となくやり過ごせても、個人旅行であれば常に、問題にぶち当たりそこでお互い表面上では理解しても、深く話そうとしたときお互いが諦めて、会話が終わってしまう。英語は最低でも話せるようにならないと、国際人とはなれないなあ。。。と感傷に浸りつつバルセロナ空港に到着。
ゆっくり時間があったので食事を済ませて、エアフランスでパリ行きの飛行機に乗った。
機内はスペインとはうって変わり優しーー鼻から空気抜けてますやんフランス語のアナウンスが流れる。スペインはギラギラしたなんか怒ってんちゃいますか?と言った具合だったので、あーフランスいいかも。。。とちょっと癒されている自分に気づいた。華の都パリ。芸術の都パリ。ワクワクしてきた。

2時間程でフランスの玄関口シャルルドゴール空港に到着。あいにくの小雨で、バルセロナと全然違う気温に驚いた。冬か?と思うくらい寒い。飛行機を降りてすぐに空港バスに乗り荷物の受け取り場所まで行き、流れてくるスーツケースを引き取り。さあいざフランス入国。あっさり入国。

ここから高速バスでモンパルナスに行きたいのだが、、ととりあえずバス乗り場まで向かう。しかし、チケット販売機しか無く、人がいない。次々とチケットをゲットしてバスに乗り込む人々を後ろから眺め、どうやって買うか見ていたが、カードで支払っているのであまりジロジロ見ると不審者である。ブロンドのモデルみたいな女性がチケットを買い、僕らに笑顔でどうぞと言う。どうぞって言われても、悪戦苦闘したが、フランス語やし、例え英語に変換しても買い方自体がよくわからない。ミッチが乗り場でウロウロしていたら、先程の女性が「買えた?」と聞いたきた。困った顔をしてノーと答えたら「えーどうして?分かった私が手伝ってあげるわ!」と一緒に機械を操作してくれて。無事にチケットが買えた、その際貴方は25歳以下?以上?と聞いてきて(年によって値段が違うため)以上とミッチが答えると、ワーオ!!!!と驚いていた!この旅でミッチは本当に若く思われているのだ、僕もだけど。その女性はドイツ人でとても親切に「ほら、あそこのバスに乗って!さあもう出発するわよ!いそいで!」と見送ってくれた。一応フランスに着いたのでメルシーボークーといいながら、バスにギリギリ乗り込んだ。空港からモンパルナスまでは1時間程。小雨のパリ市内を走りモンパルナスへ向かう。

【モンパルナス】

モンパルナス(Montparnasse)は、パリセーヌ川左岸14区にある地区。モンパルナス大通りとラスパイユ大通りの交差点を中心とした一帯である。フランス国鉄地下鉄のモンパルナス駅のある交通の要所となっており、ビジネスと商業の拠点としてオフィスビル映画館、ショッピングセンターなどが集中する。商店やスーパーマーケットレストランは、庶民的なものから高級なものまで何でも揃っている。
また、1920年代狂乱の時代エコール・ド・パリの時代の芸術家たちの中心地としても有名である。
wikiより引用





ハネムーン 12 バルセロナ〜パリ

バルセロナ最終日、朝早く起きて朝食を済ませロビーで絵はがきを書いた。
飛行機は昼過ぎだったので、再びゴシック地区に向かう事にした。途中郵便局に寄りはがきを出した。局員は親切で、オーハポン(日本人か!)と言って笑顔で受け取ってくれた。そして、カタルーニャ広場近くの百貨店に入り、オリーブオイルやバルサミコを買った。ひととおりまわり、カテドラルまで向かう。その周辺の陶器屋に行きたかったのだ。僕は、その路地の向かいにある、アンティークの古紙屋に入った。昔からあるような佇まいで、店先には、写真NGの貼り紙。店内は薄暗く、ほこりっぽい。古い本やら、古絵はがき、書類や、古切手が所狭しと並んでいた。僕は、古切手を物色していた。店の奥からいかにも頑固そうな主人がノコノコと現れ、しかし物腰はやわらかく、「いらっしゃい、何を探してるんだ?」と尋ねてきた。『古切手を見ている』と言うと、「オッケー」ごそごそと探しこれはどうだ!と見せて来た。『いや、こんなんじゃ無くて、僕はもっといっぱい欲しいんだ』というと、店主ニヤリっ店の奥に引っ込んで、何やら自信ありげにそれを見せてきた。古切手が大量に収集された台紙を見せてきた。おお!僕は目を輝かせた。裏も同じく大量の切手がある。切手はその国のその時の最高のデザインや技術を集約したものであると考える僕は、その小さなキャンバスに描かれる一つ一つを見て溜飲ものであった。店主が「これは全部バルセロナの古切手だ」『全部バルセロナの?』「そうだ」『じゃあ買う!』「これは良い買い物だ」『それは、僕が決める。しかしこれは欲しい』と言う訳で、購入した。レシートなど無いので、手書きで領収書を頂いた。店主は丁寧に包み良い旅をと手渡す。グラシアス、店を後にする。いやー清々しい気持ちだ。陶器屋で選んでいたミッチと合流した。自信満々でこんな良い物を買った!と見せびらかすと、なんぼしたん?。。。はあぁー、高ーー何に使うの?またそんな、無駄遣いして。けど、いいやん。貴方の刺激になるのなら!と女性は男の気持ちは分からないなあと思った。。そしてまた、男は反省を知らないなあと思った。良い買い物をした。僕が唯一自分のお土産として買った物だ。


チェックアウトの時間、飛行機の時間が迫ってきた、タクシーで急いでホテルに戻り荷物をまとめていたら、フロントからTELがかかってきた。出てみたら案の定「ペラペラペーラ、ペラペラ。。。ペラペラペーラ」『何言っとんのか全然分からへん。から今からそっち行くから!』と走ってフロントまで言った。フロントの女性は「?」の顔をしていた。『何でしょうか?』と言うと。「チェックアウトは12時なのに、今は、ほら12時半よ!貴方は手ぶらで何しにきたの?」そこで理解した『あーそう言う事ね!オッケーごめんなさい、すぐ荷物まとめてくるから待って』「ノープロブレム」と笑顔をくれた。急いで、荷物をまとめフロントに降りた。ホテルまではμの送迎車が来る予定だった。とても感じのいいおじさんだった、静かな音楽で、快適なドライブ。行きとは全然違う、ついウトウトとねむりについてしまった。


ハネムーン 11 バルセロナ

グラシア通りを北上すると、左手にカサ・バトリョが見えてくる。更に進むと右手にカサ・ミラが見えてくる。ここは御堂筋じゃないのかしら?と錯覚してしまうような風景だ。


街をブラブラしていたら、始めにバルセロナに降りたイメージが払拭されて、単純に楽しんでいる二人がいた。見る景色は、少し外国人が多い、東京の風景によく似ている。しかし違うのは、何百年も前からの建物が今も変わらず至る所にある。とても綺麗な街だが、凄く歴史を感じる。原宿表参道も青山を歩いても何百年の歴史を感じるのは難しい。だから、ここはバルセロナなのだ。

さてさて、二人は疲れたので地下鉄でカタルーニャまで乗り歩いてホテルに向かう。僕は、欧州サッカーに全く興味ないのだが、ここバルセロナはFCバルセロナという有名なチームがあり、本日はレアルマドリードとの試合だった。だからか、やたら背番号10番を着た人を見た。夜はレストランに集まり、オープンテラスでサッカー観戦。何処の店もそうである。点が入れば、タクシードライバーがクラクションを鳴らし、街中を歓喜が響く。ホテルに帰り着いて、ウトウトしていたら寝落ちていた。

ハネムーン 10 バルセロナ


地下鉄はリセウ駅まで15分くらいだったか、この地区はゴシック地区といい13〜14世紀の重厚なゴシック様式の建物が並ぶ地区だ。ミッチがここは絶対行きたいと行っていたので
グエルを早く切り上げこの地区をブラブラ散策した。ここは、、、思いのほか良かった。いや、かなりいい。ローマ時代から続く歴史と伝統、バルやレストランカフェもが賑やかであるが、ゆったりとした時を刻んでいる。なるほど、この地区は石畳に石の建物、路地もそんなに広くないので音の反響がすごくいい。逆に言えば、遠くの車の騒音は聞こえないし、ストリートミュージシャンのバイオリンが響き渡っている。お腹がペコペコの二人はミッチが行きたかった老舗のパエリアが美味しいというレストランに入った。ビールがうまい。コロッケのような物も食べ、パエリアは2人分は完全に失敗した!と思う大量の物が来た。美味しかったが、霞ヶ関のスペイン料理やで食べた物と違っていた。やはり本場は本場の味がする。僕の口は日本の味付けの方が好きだ。店内もオシャレで、オーナーが中々の気さくな方で丁寧に僕らの注文に付き合ってくれた。




そしてほろ酔いで街に再び繰り出した。海外はほろ酔いがちょうどいい。
ほろ酔いなれば全員友達さぁぁ〜
で、サン・ジャウマ広場を歩きバルセロナ守護聖人を祀るカテドラルに到着。完成までに150年かかったといわれるそれは、重厚で確かな存在感を放っていた。
こういう観光地前では、やたらと観光客に写真を撮って下さいとカメラを渡される。なかには、写真上手そうなんでお願いしますと言ってくる。ミッチが言うには、動き回って写真を撮る姿が確かに異質らしい。分からないが、らしい。というわけで、ここカテドラル前でも親子やカップルの写真を撮った。いいよいいよーもっと寄ってーそうそうーいいねーはい3、2、1 オッケー!よし!いいよ もう一枚いきます!。。と言った具合だ。


ゴシック地区に点在する歴史的モニュメントの一つピカソの壁画。
普通に町中にピカソの作品があるなんてなんて素敵なんだ。




ゴシック地区からグラシア通りを北上、カタルーニャ広場を抜けてカサ・バトリョとカサ・ミラを見に行く。グラシア通りはハイブランドも立ち並ぶメインストリートだ。

ハネムーン 09 バルセロナ

サグラダファミリアを後にした僕らが次に目指したのは、グエル公園だった。
タクシーを捕まえようとしたが、サグラダファミリア付近は人がごったがえしていたので
ちょっと離れたところで捕まえないと、動かんようなる!と僕が言い張って歩き出した。
しかしいざ捕まえようとしたら、全然捕まらず、タクシーは通るのだが、
既にサグラダ〜グエル公園までの客が乗っているし、一方通行が多い。
で、結局上り坂を3キロくらい歩いてしまった。ごめんミッチ。とにかく日差しが強いので、飲み物を買って汗だくになりながら辿り着いた。僕らのように歩いているカップルもいたが、ベターではない。しかしなかなか良い経験だった。
グエル公園に着いたんだけど、果たしてあのカメレオンは何処にあるのだろうと、疑問を抱いた。僕はほとんど下調べ無しだったので、園内地図を見ても、全くピンっとこなかった。きっと山のてっぺんにあるだろうと勝手に思い込み、ガウディが作ったその庭園を見学しながら上っていった、てっぺんには広い広場があり、犬を走らせていた。。。?!!!あれ?!カメレオンいなーい!ま、バルセロナを一望する景色を見れたのでいっか。

さて、気を取り直して公園を下っていく。水を売ってくる黒人、変な雑貨を販売してるおじさん、ギター演奏する人、タンクトップでサングラスのブロンド女性、駆け抜ける犬。おおお、っぽいぞ。ここだここだと、ほんとサラッと見学(ほぼ通過)あ、カメレオンもおった。そうそうこれこれ、見た事あるやつや(サラリと通過)その勢いで、地下鉄レセップス駅へ向かう。




おったおった、こいつ!頭をポンポン叩いて通過


サグラダファミリアの後だったので、完全に感動薄まっていたが、グエル公園は広くて独特な景観を持つ公園だった。地下鉄に乗ったら、ミッチが日本人青年と話していた。彼は関東の大学生でサッカーを追っかけてヨーロッパを回っているのだそうだ。とてもたくましい青年だった。