ハネムーン 30 パリ

僕らはグッタリ疲れて、やっぱ話せないとあかんねーと反省しつつ、ホテルに戻った。フロントのスタッフと顔見知りになっていたので、明日、日本に帰るんだよと話していたら、あそこ行きました?ラ・クポール!(僕らにはラクポーとしか聞こえない)『いや、行ってないよ』「ラ・クポールはとても素晴らしいお店です。」というので、せっかくだし再び外へ出た。ラ・クポールは1927年創業でモンパルナスカフェ文化を担ってきた代表的なブラッスリーなのだ。しかし、また食事をする程でもない、しかし小腹は空いている、流石にカキとパンだけでは。。。歩いていたらラ・クポールの先に東南アジア人がクレープを焼いていた、僕らは目を輝かせ、今朝注文したものをノートに書いて見せた。めっちゃ親切、めっちゃあったかい、美味しい。泣きそうだよ。最後の夜に、これ食べれてよかった。ホンマよかったわ(泣)





 しっとりとした街を歩きホテルに戻った、家に帰ってような安心感。明日いよいよ日本に帰る、荷造りをしながらこの旅行を思い返す。いやあ、今日も一日楽しかったなー。。。
ホテルの窓から見えた景色

ハネムーン 29 パリ

海鮮レストランは、大体どれかはすぐ分かる。店先に山の様に貝が積まれ、スタッフがせっせと貝を開いているからだ、僕らは店に入り、完全にアウェー感を実感した。スタッフがイラチで英語も話せない僕らに明らかにイライラした態度をとっていた。奥にジョルジュの知り合いらしきオーナーがいたが、他の客の相手で忙しそうだった。仕方なくこのイライラおやじに注文しなければならないのだ。明らかに、地元の人しか来ないこの店に、僕らは見合っていなかった。何しにきたんだ?とからかうような空気で注文を聞きにくるが、待ってまだ決まって無いと突っぱねた。イライラおやじのイライラはマックスで行ったり来たり、「まだ決まってないのか?」バカにしたような笑いもかけてくる。。。このやり取りが数回行われ、僕は席を立ち『ミッチ!出よう』というと、何言ってるの?紹介されたんだからダメだよ、せっかく来たんだし、カキだけでも注文して食べよう。お腹へったら他で食べたらいいやん、と言う。。。。文章にすると、オブラードに包まれてこの怒りは伝わらないのが残念だなぁ、、、僕は、基本あまり怒る事をやめているのだが(実はとても短気で単細胞)さすがにこのおやじホンマに許せん!!!!『コラー!おっさん!おもてでんかー!!あんま舐めとるとシバキ倒すぞ!』と叫んで、イライラおやじの胸ぐらを掴み、表へ引っ張りだして、正座させて『おっさん、それでサービス業やってるつもりか?!オレはいっこも気持ちよくなかったし、はっきり言ってその接客は0点や!もしオレ等が日本人やから、軽くあしらっとるかも分からへんけど、おっさんそういう考え方自体が、アンタのレベルの低さをよーく表しとんじゃ!外の世界も知らんくせに、ただ排他的に物事を考えてしょーもないのーーーー!!!!!!大体オレはカキそんな食べたないんじゃー。』と説教だ
と、妄想してる横で、ミッチは真剣にメニューと格闘している。僕のイライラを察知して、でも注文出来ない自分たちにも反省して、一生懸命メニューを指差しイライラおやじに注文している。ミッチが聖母に見えた、おーなんと慈悲深いお方。このイライラおやじの悪行をお許し下さるのですね、ずっとにらみ続けてて自分に気づきイカンイカン!と一緒に注文をした。無事?!に生ガキが運ばれてきた、レモンをギューと絞り、もうビール飲むしか無ーーーいと、カキ→ビール→フランスパン→ビール→カキ→ビール→フランスパン→ビール→カキ→ビール→フランスパン→ビール→カキ→ビール→フランスパン→ビール→。。。今日は雨でただでさえ寒い。。。もーーーー全部冷たい食事じゃないか!!!パリ最後の晩がこれはあまりだ(泣)でも、聖母は美味しそうに食べていた。よかった。でもやっぱり、僕にはまだこの美味しさ分かりません。
ささっと食べて、お会計をして。イライラおやじに『美味しかったよ!』と言うと「だろー!いい夜を!」とまぁ、答えたが。僕らは早く店を出たかったので、やったー解放されたーという晴れやかな気持ちでいっぱいだった。

ハネムーン 28 パリ

そそれから、K君とYちゃんと別れ、パサージュデパノラマまで行こうという事になりミッチとブラブラ歩いて向かった。が、結果道に迷ってしまい、帰ることにした、僕はトイレに行きたくて我慢してたがちょうど、ブルス駅の外に公衆トイレがあり、個室の建物で、ボタンを押すと自動で扉が開き、格納されていた便器が出てくる、僕が用を足しているとワーンワーンと回転灯が周り、警報が鳴った、?!!『わっ何?何?!!』と慌ててトイレから出た、恐らく自動ドアボタンを2回押したので、中に人がいないはずの状態の場所に僕が用を足していたので、警報が鳴ったのだ。わーーー何なにーこえーなんだよーと急いでミッチの元へ行き、大変だったと報告した。パリの公衆トイレは難しいなあ。。。
そこから、地下鉄に乗りマドレーヌという駅で乗り換えて、セヴィルバビローヌで下車。パリには他にオペラなど美味しそうな名前がある。僕は昔ケーキを作っていたので、やはりケーキの本場やなぁと感心したのだ。

1852年創業、世界最古のデパート、ル・ボン・マルシェを散策して、隣のラ・グランデピスリー・ド・パリ(食料品館)に立ち寄った。様々な食料品は、パッケージも可愛いし楽しくなる。一階にマカロン専門店があり、食べたいということで、買ってみた。僕は、マカロンの良さがいまいち分からない、しかしここで食べたマカロンはそんな常識を打ち砕く程の破壊力があった!まるで、どら焼きのような大きさで、中はおそらくライムのようなジャムであろうか、とにかく美味しかった。

雨が本降りの中、二人で、今夜の夕食に向かう。途中モノプリで下着を購入して、走ってジョルジュの紹介してくれた店まで行った。

ハネムーン 27 パリ

それから、ちょっとゆっくりしたところで、そろそろ動きましょうか。という訳で行動開始。ヴァヴァン駅から地下鉄に乗って、シャトレで乗り換えて、パレロワイヤル・ミュゼ・デュ・ルーブルで降りた。そうかの有名なルーブル美術館なのだ。ミッチは入る?と聞いてきたが『あー別にいいや。。。』とルーブルをスルー、周りの人から言わせれば何故パリに来て、ルーブル美術館まで行って入らないのだ!と思うかもしれないが、入ってしまったら完全に観光客になってしまう。パリには散歩感覚で来た、街並を見てカフェでゆっくりして美味しいものを食べる時間を持った方がいい。美術館のモナリザもまぁ本当に見たくなったらまた来たらいいや。という感覚である。
がしかし、流石観光地、観光客もジプシーも物売りも多い。せっかくなのでガラスのピラミッドをぐるりとまわった。よしルーブル来た。これでいいのだ。



ルーブルの敷地にあるチュイルリー公園で、腰をおろしここから何処へ行こうかと地図を眺めていたら、ヴェリブというレンタサイクルに乗った若い日本人男女が目に留まった。こんにちは!と挨拶をしたら「こんにちは」と近づいてきた。僕らはハネムーンで来てる事、明日帰ることを話した。彼K君は福岡の大学生で、今オランダに留学に来ており、休暇でパリに遊びにきているようだ、その後ブラブラスペインにサッカーを見に行くらしい。彼女Yちゃんは詳しくは分からないが、一緒に来てるようだ。僕は今朝食べたクレープの美味しさを熱弁し、場所を教えて、パリの見所を語った。。日本に帰ってきたらまた会いましょう。と連絡先を交換した。こんな出会いが、運命的に思えるのも海外ならではであろうし、こんな他人と一気に距離が縮まることも日本では、まあ無いに等しい。
ここに座っていたら、皮肉にもエッフェル塔が見えた。見に行った時と違い天辺までハッキリと。。。

ハネムーン 26 パリ

花屋でムッシュジョルジュと話していて、今晩は何食べる?と聞かれてミッチが「牡蠣」と答えた。僕は正直苦手だが、パリは冬の生ガキが有名で、是非とも食しておかないと戸言う訳で、ジュルジュの知り合いの店を教えてくれた。そして、雨も上がったところで、今から近くにいいカフェがあるから連れて行くと言って、近所のSTANDというカフェに連れて行ってくれた、がジョルジュは仕事が忙しいからと帰っていった。えっ?と僕らは顔を見合わせたが、これがパリっ子の心意気なんであろう。テラス席で美味しいカフェオレを飲んだ。にしても、歩きタバコ多いし、ポイ捨ても多いなあ、、綺麗な街路樹の根元を見ると吸い殻が散乱しているのだ、残念でならない。

ハネムーン 25 パリ

朝起きて、ホテルのロビーで今日の予定をたてた。とはいえ、とくに予定は無いので今日もゆっくり過ごす予定だった、街をブラブラ歩くだけで僕らは楽しいし、しかしせっかくなので色々見たいという気持ちもあり、ここで予定を立てているのだが。。。
よし今日はとくに予定もなく出発だ。
まず、モンパルナス墓地の横を通りモノプリに行き、お土産を見て回った。一端ホテルに戻り、ムッシュジョルジュの花屋に顔を出した。予定が無いので、何か情報を貰おうといわば日課の様になっていた。相変わらず店内の世界観と瑞々しい花々が所狭しと並んでいて、また朝からスタッフ一同忙しそうに働いている。来客も頻繁で、狭い店内をかき分けて入ってくる。こんな忙しい中でも、Tさんとムッシュは相手をしてくれる、申し訳ない気持ちである。






フランスでは、お葬式の際の花は日本の菊だけとは違い、カラフルなのだそうだ小さな女の子が亡くなったら小さくてカワイイピンクのバラをそえる。明るく元気な人には明るく元気な花束を。人の家に遊びにいく時には、日本でいう手土産として花束がポピュラーである。そして、花を家に飾る文化があるので、それこそ家用の花を買いにくる人もいるし、「昨日おたくで買った花がもう枯れてしまったわ!どうしてくれるの?」と文句を言いにくる客には、ムッシュが「うちの花は、ほらご覧(同じ花を一本取り出して)こんなに元気だ!アナタの手入れが悪いんじゃないか!」と本当、形は違えど花に対する愛情が深いんだなあと感心した。
それから、クレープリーを食べにすぐ近所の有名店に行ってみた。クレープリーは卵やチーズの入った塩味のクレープで、モンパルナスにはクレープリーの通りがある程人気なのだ。残念ながら行列ができていて、時間はあるが並んで食べる程の意気込みは無く、かといって隣のガラガラの店も嫌だし、雨宿りしていたらちょうどテイクアウトのクレープ屋の前だった。ビジネスマンや若いカップルやおばさんが並んで買っている。ここで食べようかと二人で順番を待った。しかし、基本どういうものなのか分からないし、しかしカップルは美味しそうに食べているし、よし、同じものを食べようと、ミッチがカップルに「それは、このメニューのどれ?」と質問していたら、そこに並んでる客も含め全員がこれ!!!と指差した!「!!??」僕らがあまりにも注文出来なかったので、みんな心配で教えてくれたのだ、二人で苦笑してメルシーと言い。おじさんに卵とベーコンとチーズのクレープと、マロンペーストのクレープを注文した。おじさんは頑固そうだが、ふと店の表を見ると日本の雑誌の切り抜きがある、地元紙の特集記事も貼ってあり、このお店そこそこ有名なんじゃん!ちゃっかりおじさんも写っているし。
これが!?めちゃめちゃ美味しい!出来立てで、モチモチしているし生地全体にチーズが山盛りでとろけて、ベーコンの塩味と卵のマイルドさで毎日これでいいんじゃないかと思うくらい美味しかった。栗クレープも温かいデザートでモチモチしてこれは並ぶなあと、二人で美味しく頂いた。先程激しかった雨はようやく小雨になりもう一度花屋に戻った。

ハネムーン 24 パリ




マレ地区は、古いものと新しいものが混ざり合っていて、歩いているだけで楽しい。建物の壁面にグラフィックアーティストのスペースインベーダーの作品がよく目についたので、パシャパシャ写真を撮った。紅茶の店や文房具屋、布生地屋をまわってベー・アッシュ・ヴェーという百貨店に行った。外観はデコデコしたものだが、中はハイソな現代空間となっている。百貨店であればSDメモリーカードが売っているので、早速購入したが、見ているだけで胸躍る店内で、時間がもっとあれば良かったのだが、今夜はKIGAWAで食事の為そろそろ帰らなくてはいけない。。。シャトレ駅まで行き、地下鉄に乗って、ラスパイユまで帰ってきた。


ホテルに戻り、ドレスコードに着替え、花屋にちょっと顔を出して、今からKIGAWAに行ってきますとムッシュに伝え、二人で急いで向かった。
本格フレンチやし日本人やから、楽勝!僕らは、やっと、、、やっと本当に普通に注文出来る、とワクワクしていた。フレンチってどこかかしこまって、取っ付きにくいものに感じていたけど、いやいや本場フランスで、完全にホームだ。そんな思いで店に到着。
フランス人のスタッフに席に通され『?!!』小さな店だが、満席でしかも日本人など一人もおらず、『?!!!!』全員客は仏人。オーーーー、アウェイかも。。。。
と、思いきや大丈夫であった。英語のメニューがあり(基本、ほとんどのカフェが仏語で注文すら難解な課題なのだ)スタッフがとても親切だった。そして、何よりムッシュジョルジュより、食前酒のプレゼントがあったのだ。各テーブルには勿論ジョルジュの花が飾られ、フランス人の粋を感じた。
サーモンのタルタル、鴨、を美味しいロゼで頂き、調子の上がっている僕はだいぶ飲み過ぎてしまい、デザートを食べる頃には半分寝ていたが、フランスで美味しいフレンチを頂きながら、最高の結婚記念日を迎える事が出来た。周りの支えてくれている人たちに、感謝して、これからも平穏無事、穏やかな日々が続く事を考えながら、フラフラ歩く僕をミッチが支えて帰った。

ハネムーン 23 パリ

ボーブル通りを通ってポンピドゥー・センターに着いた。レンゾピアノが設計したそれは、僕が建築を学んでいた時に、ニール・ディナーリ、ザハ・ハディド、アーキグラムなどと並び好きな建築家の一人であったし、見てみたい建築であった。なんせ剥き出しのカラフルな配管を本で見て、進級制作の参考にさせてもらったくらい好きであった。
ここにきて、僕のカメラのメモリがフルになってしまうという残念な結果に陥った、SDカードをどこかでゲットするべく歩き出した。マレ地区はやはりというか、ポンピドゥーが近いだけあってか、路地は狭く入り組んでいるが、アーティスティックな店がある印象だった。しかしここはパリ、ごちゃごちゃした店の外観は、歴史ある建物なので、品よく見える。

ハネムーン 22 パリ

歩いていたら、古本屋を見つけてしまったので、本を何冊か買ってしまい、リュックに入れたが、これが後々後悔する事になるとは、この時は考えもしなかった。。。リュックが重くて重くて肩が外れそうになってくるのである。が、しかし旅とはこういうもので、出逢ってしまったものだから、その瞬間を大切にする。現在振り返ると、重かったが買って良かったと思える。
橋をこえてシテ島に渡り、ノートルダム寺院を通過した。ここも観光客が多く、相変わらずジプシー達が署名を求めてくる。




ハネムーン 21 パリ

リュクサンブール公園を出てレンヌ大通りに出た。ミッチが行きたかったキッチン雑貨の店やドラックストアに行き買い物をした。サン・ジェルマン大通り沿いを歩いているとカフェの白人の店員がコンニチワ。と話しかけてきた、とても気さくな若者だったので、ここでお腹も減っていたし食事をしようとオープンカフェの外席に入った。カフェは大体このスタイルだ、店内より外の席の方が街行く人が見れて楽しい。
食事をしていたら、変な通行人のおっちゃんが僕らの方に近づいてきた。「チャイニーズ?」と言ってきたので僕は『ノ』と答えた「コリアン?」『ノ、ジャポン!!』とムキになっていうと、おっちゃんは目をギョロッとさせてワーーーと何か話してきた。明らかに異様な空気だった、その瞬間お盆を肩の上に乗せた、先程の白人スタッフと、スパニッシュ系のガタイのいいスタッフがもう片方の手は腰に、無言で僕らとおっちゃんの間に入り二人でおっちゃんを追っ払ってくれた。おっちゃんは何か叫んでいたが、二人の勇者がズンズンと詰め寄りおっちゃんは後ずさりして、諦めたようだ。とても紳士的なスタッフに僕らは感動した。若い白人スタッフは日本が好きで(アニメや漫画)来年東京に遊びにいくんだと、語ってくれた『日本は、とても安全な国だから大丈夫だよ』と言うと。「知っています」と言っていた。是非日本でいい思い出を作って頂きたい。
お腹もいっぱいになったので、相変わらずホロ酔いで、店を後にする。





ハネムーン 20 パリ


今日はブラブラ歩きながら、マレ地区周辺を散策する予定だ。そして、今日は結婚記念日だったので、ムッシュジョルジュとTさんに教えてもらったKIGAWAという日本人が営むフレンチレストランに行くつもりであった。とはいえ、電話で予約をしなければいけないので、とにかくノートに予約の会話を書いてみた『ジュスイジャポネ、ジュマペールハマタケ、ユンスレゼルヴアシオンシィルブプレ。オージュルドゥイ、ヴァン、プールドゥーペルソンヌ。。。』完璧!!。。。な、はず。とにかく困ったらシルブプレって言っとけば何とかなるやろうと、携帯から予約電話をかけた。プルルルルル。。ガチャッ「ボンジュー」平常を装いながら僕も、『ボンジュール』次の瞬間、「もしもし?」あれ?『あ、もしもし本日予約をしたいのですが、、ムッシュジョルジュフランソワから紹介されました、、もごもご』バレた、完全にボンジュールの発音だけで、日本人だとバレてしまった。いやー日本語で助かった。無事予約できた。ホテルを出て昨晩のヴァヴァン交差点を通る、ここにはロダン作のバルザックの彫刻が設置してあった。

今日もあいにくの天気で、軽く小雨が降ったり、曇ったり相変わらず寒い。
ここから、北上して歩くきだした、リュクサンブール公園に向かう。途中で地図を見て考えていたらおばあさんが近寄ってきた、どうしたの?僕らは突然だったので警戒したが、ただの親切なおばあさんであった。やはり、いい人と悪い人では、悪い人は少ないんだなあと思った。思いたかった。なんとか辿り着いた、広い公園だった。ミッチによるとリュクサンブール公園はパリで最も美しい公園の一つで、ルイ13世の母の居城、庭園であったようだ、現在は60体を超える彫刻が並ぶ、市民の憩いの広場になっている。とはいえかなりの広さであった。そしてかなりのマイナスイオンっぷりである。



綺麗な公園だねーといいながら、園内を通って北上を続ける。あぁーあ晴れてたら、芝生でサンドウィッチ食べるんだけどなあー。。。

ハネムーン 19 パリ

霧雨の中、ラ・ロトンドへ向かう。

【モンパルナスのカフェ】
モンパルナスのカフェやバーは芸術家たちがアトリエの暑さや寒さをしのぐ場所であると同時に待ち合わせ場所・溜まり場であり、アイデアが孵化し熟考される場所だった。モンパルナスのナイトライフの中心であるカフェはヴァヴァン交差点(Carrefour Vavin、今はパブロ・ピカソ広場と改名されている)に集まっていた。モンパルナスの絶頂期、ル・ドーム(Le Dôme)ラ・クロズリ・デ・リラ(La Closerie des Lilas)ル・セレクト(Le Select)ラ・ロトンド(La Rotonde)ラ・クーポール(La Coupole)など、観光名所となった今もなお営業して当時の面影を残しているこれらのカフェは、腹をすかせた芸術家が数サンチームで一晩テーブルに居座ることのできる店だった。彼らがここで寝てしまっても、ウェイターたちは彼らを起こさないようにと言われていた。半ば知力で、半ばアルコールの力で激論が起こることは普通で、殴り合いの喧嘩に発展しても警察をわざわざ呼ぶ人はいなかった。もし飲み代を払えなくても、ラ・ロトンドの経営者ヴィクトル・リビオン(Victor Libion)などは代わりにドローイング(素描)などを受け取り、金ができるまでそれを預かっていた。カフェの壁がこうした画家たちのドローイングで埋まるという、今なら世界の名だたる美術館のキュレーターたちが嫉妬する光景がこの時期のモンパルナスのカフェにはあった。
(wikiより引用)

ピカソを始め、シャガール、マンセルデュシャン、ダリ、藤田嗣治、岡本太郎、数々の著名な画家が夜な夜な芸術談義に花を咲かせた場所である。ラ・ロトンドはモリディアーニの作品が壁に掛かっている。とても特別で、神聖な場所に思える、お客は観光客も居るが、地元の人がほとんどで、お酒を飲み語るのが好きなパリっ子たちが、こういったカフェの文化を作ってきたんだなあと実感した。僕はステーキとデザートを頂き。ミッチはお腹がいっぱいとのことで、オニオンスープにしたが結構これも量が多い。スタッフが「ボナペティー」と差し出す。すかさず『メルシー』と答える。完璧である。パンは山ほど来るし、山盛りのポテトと大きいステーキがやってきて、ほろ酔いで頂く最高の料理だった。薄暗くて、しかしキラびやかで品がある。そんな印象だった。デザートのミルフィーユと、Tさんに教わった温かいカフェオレを注文して二日目にしてパリの夜を満喫した。

大満足になり、調子に乗った僕はタバコ屋で葉巻を買ってみて吸ってみる事にした。部屋では禁煙なので、ホテルの前で凍えながら葉巻をくわえるが、煙たいし不味い。少しはパリも楽しめそうかなと、寒空へ上る煙を眺めていた。

ハネムーン 18 パリ

ホテルに帰り荷物を置いて、Tさんのアンティークショップに向かった、が場所を聞いていなかったので、散策しながら歩いた、結局見つからず諦めてご飯どうしよっか?なんて話しながらいると、建物の中に映画館のような場所が見えて、職業柄チラシやパンフレットなどのデザイン印刷物を収集する僕としては、パリの映画館→パリのチラシパンフレット→しかも小規模→よりコアなデザイン。日本でも意外と、アンダーグラウンドの小さな店屋クラブのDMの方が自由に作っている、まあ猥雑というのが近いが。で『ミッチ、ちょっと待ってて、チラシ取ってくる』と言った時には建物に入っていた。毎度の事で、理解ある妻はハイハイと見送る。DMを物色していたら、あれこの建物まだ奥にも続いていて、商店もある、面白そうだとミッチを迎えにいく『中まで行ってみよう!!』と二人で入っていった。アジア系の店やクリーニングや喫茶店が並ぶ。!!!!????!!!!!!!!!!??????Tさんだ!「あら。こんにちは!」『こんにちは!』引きが強いこの旅だ。自分が怖くなる。たまたま入った建物の中に、Tさんのアンティークショップがあったのだ、蚤の市で掘り出し物を探し、流石の目利きで日本であるようなアンティーク風ではなく、本当に一世紀前のガラスの写真立てやカップが並んでおりヒャー素敵と驚嘆の声を上げ、見たいけど、あまり時間がもうない、今日の出来事を報告して、閉店間際であったので、また来ます明日花屋にも行きますといい。夜ご飯は何処がいいですかねーと尋ねて、ラ・ロトンドとかいいんじゃなーい。注文の仕方も教えてもらったし、例えばメインだけ食べてもいいし、前菜だけでも全然恥ずかしい事じゃない事を知った。フランス料理はコースが主流だと思っていた僕らには心強い情報だ。そして、昨晩失敗した温かいカフェオレの頼み方もフランス語でノートに書いてくれた。こちらは、コーヒーに冷たいミルクを入れてくるので、ぬるいものがやってくる。寒い夜にぬるいカフェラテなど、拷問以外のなんであろうか。
「カフェ オ レ アヴェック レ ショー シルヴプレ」と頼めばバッチリなのだ。
あと、『いただきますってどういったらいいんですか?店員さんに感謝の気持ちで言いたいけど分からないんですよ』といったら、「そうねーフランスは、いただきますって言わないの、だけど店員さんがボナペティーていうから、メルシーで答えるといいわよ。ボナペティーは召し上がれーとかどうぞーいってらっしゃいとか色んな時に使うから」と教わった。成る程、所変われば習慣も変わる。

ハネムーン 17 パリ

程なく、凱旋門が見えてきた、といってもだいぶ歩いた、エッフェル塔から30分は歩いたであろうか、凱旋門のちょうどサイド側に到着した。凱旋門はでかい石の門だった。そして、そのまわりを猛スピードで車がぐるぐる回っている、想像と反して騒音がビュンビュンと聞こえ危険であった。半時計回りにまわり、記念撮影をする、ここか「オ〜〜シャンゼリゼ〜〜オ〜〜シャンゼリゼ〜〜」と歌いながら、シャンゼリゼを歩く。不審がる人々は気にせず、だってシャンゼリゼ〜だもん。と訳の分からない言い訳をしてシャンブラ完了。歩いていると、あれここは表参道ではないのかと思えてくる。少し外国人の多い表参道。。いやいや、かの有名なシャンゼリーゼだ。。いやまてよ、表参道っぽいしな〜もしかしたら表参道かもしれん、とミッチと話しながらブラブラして、マクドに入る。パリのマクドはどんなものかと見てみたかったのもあるが、やはりパリ用のメニューで見た事の無いものがあって食べてみたが、美味しかった。オレンジジュースとポテトは万国共通なのね。シャンゼリゼ沿いのモノプリに行く。モノプリとは食品から衣類まである大きくてメジャーなスーパーマーケットのチェーン店なのだ。スーパーマーケットの良さは、価格が庶民的で、生活してるかのような錯覚になる。しかしモノプリはメジャーなので、しかも表参ど、、、いやシャンゼリゼという好立地の為、日本人が多く恐らく服飾系専門学校の海外研修旅行の集団がかわいいいぃぃぃぃと連呼しながらアホの様に買い占めているので、恥ずかしいのでやめてもらいたかった。モノプリの店内を一通りパトロールし終えた僕は、ミッチの買い物を待ち外へ出た。
さてさて帰ろうかな〜花屋のTさんがモンパルナスで開いているアンティークショップも見てみたいし、フランクリン・デ・ルーズヴェルトゥ駅(スゴイ名前だな)からシャトレ駅で乗り換え、今朝見たラスパイユ駅へ帰ってきた。シャトレ駅構内ではストリートオーケストラがいたりと、フランスならではの風景だった。

ハネムーン 16 パリ

エドガーキネでTiket t+のカルネ(10枚回数券)を購入する。券売機は、やはり難易度が高いので例の如く駅員にノートに書いて「これください」という。面倒くさそうにカードを切り、レシーをポンっと投げられサインを書く。何だこの対応は!と腹は立てない。こういうものなのだ。もっと流暢に〜シルブプレ〜と話せれば対応も変わってくるであろうが。。。とにかく切符さえ買えればこっちのものだ。パリのメトロ初体験で二人で乗り込んだ。ここは6号線、パリのメトロは数字が路線の名前になっており分かり易い。ムッシュの忠告通り。カメラは鞄に、鞄は前に抱え列車に揺られる、チラチラ見てくるが、意外と安全そうである。エッフェル塔はどの駅で降りたらいいのだろうかと考えていたら、子供会の集団が乗り込んでくる、ガヤガヤ賑やかになりメトロは地上に出てモノレールの様に高架上を走る。霧の中エッフェル塔が見えてきた。子供会はビルアケム駅で降りようとしていた。もう一つ先のパッシーで降りるつもりだったが、多分この子等はエッフェル塔へ向かうと思った僕は、『一緒に降りよう』とミッチにいう。外に飛び出し、改めて寒いと感じた、子供会の脇を階段を下っていたら保護者がハーイみんな人が通るから右に寄りなさーいと子供達を誘導し、間違えてミッチにもこっちに寄ってと言い、ハッと気づきごめんなさいと謝られた。しかし、結果ここで降りて正解であった。ここからエッフェル塔までは数分の最寄りだったのだ。あいにく、曇っていて霧がかり天辺までは見れないが、これがエッフェル塔かという存在感でそこに佇んでいた。ドッシリとしていて、むき出しの鉄骨が寒々しさを倍増させた、東京タワーのようなシャープさは無く、まさに鉄の塊であった。
エッフェル塔の前では、観光客が記念撮影に勤しんでおり、とても賑やかであった。そこにジプシーの子供が署名をしてくれと回ってくる。さらに黒人が大きな鉄の輪っかに小さなエッフェル塔をジャラジャラつけて1€と言ったり、こんにちはと言ったり近づいてくる。ここは、NOとはっきり言って断る。道を歩くと次々に売りにくるので「いらん、いらん」ともはや日本語で対応する。この御蔭で、ゆっくり観光する事が出来ない、しかし彼らも必死なのでしょうがないのである。ここから、イエナ橋を渡り、セーヌ川を眺めるあいにくの天気であるが、まあ曇り、雨のパリってのも情緒があって悪くないか。
トロカデロ庭園を抜ける時も、黒人が次々ジャラジャラいわして近づく、それをかわしながら突き進む、もはやこういうゲームのようだった。ジャラジャラ→イラン→ジャラジャラ→イラン→ジャラジャラ→イラン→ジャラジャラ→イラン→ジャラジャラ→イラン→ジャラジャラ→イラン→ジャラジャラ→イラン→ジャラジャラ→イラン。なんとかクリアーしてシャイヨ宮の広場に辿り着いた。ここも撮影ポイントらしく、エッフェル塔がよく見える。ここから、クレベール大通りを歩き凱旋門を目指す。
街並はどこを歩いても、さほど変わりなく、ゴテゴテとしてデコラティブだ。そしてこんな、歴史ある建物一つ一つがアパートでありホテルなのだ。石造りの建物は、そんな良さがあるのだとヨーロッパで何度も思った。